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福岡高等裁判所 平成8年(ネ)554号 判決 2000年2月16日

控訴人

船倉和雄

右訴訟代理人弁護士

田邊匡彦

安部千春

林健一郎

幸田雅弘

梶原恒夫

蓼沼一郎

仁比聡平

被控訴人

新日本製鐵株式会社

右代表者代表取締役

今井敬

右訴訟代理人弁護士

山崎辰雄

三浦啓作

奥田邦夫

加茂善仁

岩本智弘

主文

一  原判決を取り消し、控訴人の従前の訴え(後記第一次的予備的請求)を却下する。

二  控訴人が当審において追加した主位的請求を棄却する。

三  控訴人が当審において追加したその余の訴えをいずれも却下する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対して昭和六三年五月一五日付けでした「八幡製鉄所労働部労働人事室労働人事掛を命ずる。社外勤務休職を命ずる(三島光産株式会社への出向)。」との職務命令が無効であることを確認する(第一次的予備的請求)。

(以下は、控訴人が当審において追加した訴えである。)

3  被控訴人は、控訴人が三島光産株式会社(北九州市八幡東区<以下略>)に労務を提供する義務のないことを確認する(主位的請求)。

4  前記職務命令が平成三年五月一五日以降は無効であることを確認する(第二次的予備的請求)。

5  前記職務命令が平成六年五月一五日以降は無効であることを確認する(第三次的予備的請求)。

6  前記職務命令が平成九年五月一五日以降は無効であることを確認する(第四次的予備的請求)。

7  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  当審において追加した訴えについて

(本案前の答弁)右訴えをいずれも却下する。

(本案についての答弁)右請求をいずれも棄却する。

3  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

次のとおり改め、当審における新たな主張を加えるほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決一三頁六行目の「平成六年五月一五日」の次に「と平成九年五月一五日」を加え、同七行目の「二回」を「三回」と改め、同行目の「延長された」の次に「(以下、右各業務命令を「本件各出向延長措置」といい、個別には「平成三年五月の出向延長措置」というように表示する。)」を加える。

二  同一四頁八行目の次に改行の上次のとおり加える。

本件出向命令は、復帰を予定しない出向であり、合理性がなく無効か。

3 本件出向命令は、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)の脱法行為として無効か。

三  同二八頁一〇行目の「本件出向においては」の次に「期限の定めがなく」を加え、同四五頁三行目の「本件出向の期間は形式上三年と定められているが」を「本件出向の期間は定められておらず、仮に社外勤務協定に基づき三年と定められているとしても」と、同九行目の「労働者派遣事業」から同一〇行目までを「労働者派遣法の脱法」とそれぞれ改める。

四  控訴人が当審において追加した主張

1  原判決が本件出向命令の根拠として「慣行」を認定したことについての控訴人の主張

原判決は、本件出向のような業務委託に伴う長期化が予想される出向(復帰を予定しない出向)について出向者の個別具体的な同意がなくても被控訴人は出向を命じることができる慣行が確立していた旨判断したが、慣行が成立したといえるためには、単に長期間、多数回行われるだけでは足りず、当該慣行が会社の全従業員を規律する規範的事実として異議なく承認され、事実上の制度として確立していることを要するところ、本件においては労使間にそのような規範意識は未だ形成されるにいたっていないから、本件出向命令の根拠となる慣行とはいえない。

また、原判決は、右慣行を認定する根拠として労働組合の対応を重視しているが、労使協調路線を取る労働組合の執行部は労働者の真意とはかけ離れており、労働組合の意見は労働者全体の意思を代表するものではないから、労働組合の対応を重視して右慣行を認定するのは誤りである。

2  本件各出向延長措置の効力

(一) 控訴人は、少なくとも復帰を予定しない出向には同意していないのであるから、出向延長の繰り返しにより、実質的には復帰を予定しない出向と化すようなことは、その同意の範囲を越えるものとして無効とされるべきである。

(二) また、出向期間の延長は、労働者の復帰の期待ないし権利を事実上喪失させるものであるから、その場合には、通常の出向要件では足りず、出向の延長を不可避とする特段の事情が必要とされなければならず、しかも、延長が繰り返される度にその要件は加重されなければならないと解すべきであるが、本件各出向延長措置においては、次のとおり、そのような特段の事情は存しない。

(1) 被控訴人の経済的状況

平成二年度の被控訴人の粗鋼生産量は二八九九万トン、経常利益は一六〇九億円、内部留保も二二一五億円に達しており(<証拠略>)、未だ好業績を維持していたのであり、平成三年四月時点での余力人員は八幡製鉄所で一九〇人いたというのであるから(<証拠略>)、控訴人の出向期間を延長しないで復帰させて余力人員が一人増えたとしてもその経営にほとんど影響を与えないことは明らかであるから、平成三年五月の本件出向延長を不可避とする特段の事情はなかった。なお、八幡製鉄所ステンレス厚板工場の余力人員は昭和六三年四月の七三名から三一名まで減少していた。

平成五年度の被控訴人の粗鋼生産量は二五一二万トン、経常利益は若干赤字であった(<証拠略>)ものの、中期総合計画が前提とした二四〇〇万トン以上の生産を続けていたのであり、平成六年四月時点での余力人員は八幡製鉄所で五四一人いたというのであるから(<証拠略>)、控訴人の出向期間を延長しないで復帰させて余力人員が一人増えたとしてもその経営にほとんど影響を与えないことは明らかであるから、平成六年五月の本件出向延長を不可避とする特段の事情はなかった。

平成八年度の被控訴人の粗鋼生産量は二五七一万トン、経常利益は八四七億円、内部留保は五七二億円に達し(<証拠略>)、第三次中期経営計画は全体として大成功であったが、海外市場でも負けない世界のリーディングカンパニーであり続けるために、平成九年から経常利益一〇〇〇億円以上、剰余金一〇〇〇億円以上等を目指す中期経営方針を打ち出し、そのような目的達成のために平成九年五月の出向延長措置がなされたものである。同月一日時点の余力人員は八幡製鉄所で二六六人いたというのであるから(<証拠略>)、控訴人の出向期間を延長しないで復帰させて余力人員が一人増えたとしてもその経営にほとんど影響を与えないことは明らかであるから、平成六年五月の本件出向延長を不可避とする特段の事情はなかった。現に、平成一〇年八月には臨時の社員募集まで行い、臨時社員五名の内一名については控訴人の出向前の職場であるステンレス厚板職場に一人配属されたというのであるから(<証拠略>)、控訴人を一人復帰させることは容易であったはずである。なお、平成九年四月時点において、八幡製鉄所ステンレス厚板工場の余力人員は五名(これに対し要員は五八名)にまで減少していたのであって、余力の解消はほぼ限界まできていたというべきである。

(2) 出向の必要性、合理性の検証

出向延長の判断の際には、出向の目的の達成度や出向者の被った不利益等を総合的に判断して、出向の必要性、合理性を検証すべきであるところ、本件出向は主に余力の解消、要員の弾力的運用、技能承継を目的にしたものであるが、平成三年四月時点において、三島光産において、保熱・研削の技能を有する社員を一人も作り出しておらず、技能承継の目的は達成されておらず、出向延長の必要性の存在を疑わせるものであり、合理性を欠くものである。

平成六年四月までに保熱・研削職場に三島光産の社員が配置されたのは二名のみであり、その後も技能承継は遅れており、また、要員の弾力的運用がどの程度なされたかについても検証がされていない。

(3) 控訴人が蒙った不利益

控訴人は、<1>三島光産は被控訴人より年間休業日日数が少ない(その差は、当初五日間であったがその後八日間となった。)、<2>右休業日差を補填するための出向手当Bが不合理である(賃金格差は年間五万円台へと拡大した。)、<3>三島光産では残業時間が増えた、という不利益を被っており、出向が長期化することによって右不利益が累積していっている。

控訴人に替えて被控訴人の余剰となっている社員を出向させるなどのサイクル的人事を行うことが可能であるのに、出向延長を同一人に繰り返し行って出向による不利益、負担を押しつけるのは合理性がない。

3  「変更解約告知」の理論の適用の可否

ドイツにおいて採用されている変更解約告知の理論は、立法的整備を施した上で採用されている法技術であって、そのような手当のない我が国にそのまま右理論を持ち込むのは妥当ではない。また、変更解約告知とは、新たな労働条件による再雇用の申し出を伴った労働契約の解約の意思表示であるが、本件は、出向応諾義務がない控訴人に対し出向を命ずるといういわゆる「新たな労働条件」の意思表示はあったにしても、「再雇用の申し出を伴った労働契約の解約の意思表示」が行われた事実はないから、右理論の適用場面でもない。

五  被控訴人が当審において追加した主張

1  控訴人が当審において追加した請求について

右請求のうち前記主位的請求について判決がなされた場合、本件出向命令の効力については理由中の判断に過ぎず既判力が生じないから紛争の抜本的解決をもたらさない可能性があり、確認の利益がない。また、右請求のうち予備的請求については、訴えの変更の要件である請求の基礎の同一性がない上、時機に遅れた攻撃方法であるから却下されるべきである。

2  本件各出向延長措置の有効性

(1) 本件各出向延長措置の根拠

本件各出向延長措置は、いずれも社外勤務協定四条一項(「出向期間は原則として三年以内とする。ただし、業務上の必要によりこの期間を延長し、またはこの期間を超えて出向を命ずることがある。」。<証拠略>。)に基づいて行われたものである。右「業務上の必要」の解釈について、被控訴人と連合会との間で、「余力人員の活用策としての出向を(ママ)等を含め、幅広く運用する」旨の議事録確認がされており、本件各出向延長措置は本件出向が右「余力人員の活用策としての出向」に該当することに基づいて行われたものである。

(2) 本件各出向延長措置の業務上の必要性、合理性

平成三年には、いわゆるバブル景気が終わり、民間設備投資や個人消費が低迷し始め、わが国経済は長期低迷の様相を呈するに至った。被控訴人の粗鋼生産量も平成二年をピークに急速な減少傾向をたどり、被控訴人は平成四年一〇月から平成九年六月まで特定不況業種の指定を受け、雇用調整助成金が給付されるなどした。このような経営環境及び経営事情の中、平成三年四月、それまでの中期総合計画を引き継いで「新中期総合経営計画」(平成三年度から平成五年度まで)を実施した。同計画は製鉄事業の競争力強化(労働生産性の向上を含む。)などを目指したものであり、一層の要員合理化を推進する必要があり、このような中、業務委託及び出向者を直営に戻しコストの増加を招くような措置は取り得なかった。

経営環境(販売環境)の悪化は平成五年に入り極めて深刻化し、同年は粗鋼生産量が発足以来最低の水準まで落ち込み、昭和六一年以来の赤字に転落した。そこで、平成六年から平成八年にかけての「第三次中期総合計画」を策定し、三年間で最低三〇〇〇億円のコスト削減を目指し、そのうち、労務費及び諸経費で一〇〇〇億円程度のコスト削減を目途とした。

被控訴人は、これらの計画を実施するに当たって、雇用を確保することを大前提に、人員合理化の選択肢として出向の拡大、臨時休業の拡大を実施した。

平成八年には、それまでのコスト削減の努力により八〇〇億円程度の経常利益の確保が見込まれるまで収益が回復したが、特別積立金は過去最低水準に落ち込んでおりストックの回復には手を打てておらず極めて脆弱な状態であり、経営基礎を盤石なものとしていくためには収益力の更なる向上と財務体質改善を図ることが必要であり、第三次中期総合計画を更に押し進めていくため、平成九年から平成一一年までの「中期経営方針」を実施することが不可欠であった。

(3) 本件各出向延長措置の手続

被控訴人は、労働協約二二条一項九号、二項の規定に基づき、本件各出向延長措置前の労使委員会において、本件各出向延長措置について説明した。これに対し、八幡労組は、中央委員会において、これまでの技能・経験等を活用して引き続き当該作業に従事するものであることや、出向先における状況変化もないこと等から、右各措置を認める(あるいは、この問題にこれ以上関与しない)旨の見解を示し、中央委員会の承認を受けた。

そして、被控訴人は、本件各出向延長措置の期日前に控訴人から事情を聞いた上本件各出向延長措置を通知した。

3  変更解約告知の理論の適用(予備的主張)

本件出向措置は、被控訴人の八幡製鉄所ステンレス厚板工場の生産性を向上させ、コスト削減の一環として、鋼片精整作業を業務委託したことに伴うものであり、しかも、八幡製鉄所においては、既に大幅な余力人員を抱えていたところ、業務委託した作業に従事していた控訴人を含む作業員がさらに余力人員となったため、これらの者の解雇を回避して雇傭を維持するとの観点から、労働条件を何ら不利益にしないようにして、業務委託先である三島光産への出向に応じるよう説得を試みた上、本件出向命令を行ったものであり、社会的相当性を有するものである。したがって、本件出向措置は、いわゆる変更解約告知(労働関係の諸条件を変更することを目的として行う、新たな労働条件による再雇用の申出を伴った労働契約の解約の意思表示)として有効である。

第三当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人の請求は当審で追加したものを含め、いずれも理由がないか不適法なものと判断するが、その理由は、当審における新たな主張について次のとおり判断し、また、次のとおり補正するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」のとおりであるから、これを引用する。

一  訴の追加的変更について

控訴人が当審において追加した請求は、本件出向命令の現在の効力及び本件出向命令により生じた出向先における就労義務の存否の確認を求めるものであって、本件出向命令の無効確認を求めた従前の請求と訴訟資料を共通にするところが多いから、請求の基礎の同一性はあるというべきであり、また、これを審理することにより著しく訴訟手続を遅滞させるともいえないから、訴えの追加的変更は許されるというべきである(民事訴訟法一四三条一項)。

二  確認の利益について

控訴人が当審において追加した請求(主位的請求及び第二次的予備的請求以下の請求)のうち主位的請求は、現在の出向先における就労義務の存否の確認を求めるものであるから確認の利益が認められる。

ところで、従前の請求(第一次的予備的請求)は、本件出向命令が無効であることの確認を求めたものであるが、本件出向命令は出向先における就労義務を生じさせた基本的な業務命令であることから、現在の出向先における就労義務の存否についての紛争の直接かつ抜本的な解決のためにその業務命令の無効を確認することは適切であり一般的には許容されるべきであり、原判決が右請求につき確認の利益を認めたのは相当である。しかしながら、当審において端的に現在の出向先における就労義務の存否についての確認を求める以上、重ねて過去の法律行為の効力の確認を求める必要性はないから、右新訴の提起により従前の請求は確認の利益を失ったというべきである。

また、第二次的予備的請求以下の請求は、本件出向命令が現在無効であることの確認を求めるとともに、過去の特定の時点から無効になった事実の確認を求めるものと解されるところ、本件出向命令が現在無効であることの確認を求める部分は、出向先における就労義務の存否についての確認を求める主位的請求と重複している上、事実の確認を求めることは法律に特別の規定がない限り許されないから、確認の利益はなく、不適法な訴えとして却下を免れない。

三  原判決六五頁一〇行目から末行にかけての「出向期間は当社勤続年数に通算すること」の次に「、給与、賞与の差額填補」を、同六九頁九行目の「出向措置が実施され、」の次に「これらの出向者の相当数の者について、三年ごとに出向期間延長措置が繰り返され、」を、同七〇頁初行の「(証拠略)」の次に「、(証拠略)」を、同一〇四頁四行目の末尾に「本件出向命令の通知文には出向の期間が明示されていないが、出向の期間について定めた社外勤務協定四条一項を合理的に解釈すると、出向命令の際に期間が明示されていないときは、同条項に定める出向期間の原則の適用により三年以内という期限が付されたものと解するのが相当である。」をそれぞれ加え、同八行目の「さらに三年間経過した平成六年五月一五日」を「さらに平成六年五月一五日、平成九年五月一五日」と、同一〇六頁二行目の「二度」を「三度」とそれぞれ改める。

四  同一〇九頁四行目の「そこで」から同一一三頁三行目までを次のとおり改める。

そこで検討するに、出向(在籍出向)においては、出向者と出向元会社との間の労働契約は維持されているものの、労務提供の相手方が変わり、労働条件や生活関係等に不利益が生じる可能性があるので、出向を命じるためには、これらの点の配慮を要し、当該労働者の承諾その他これを法律上正当付ける特段の根拠が必要であると解すべきである。

本件においては、控訴人が昭和三六年に入社した当時の就業規則には、業務上の必要により従業員を社外勤務させることがある旨規定されており、控訴人はこの就業規則を遵守する旨の誓約書を提出した上、昭和四四年九月に被控訴人と連合会との間で出向期間その他出向者の処遇等を定めた社外勤務協定が締結され、労働協約本文は次期改訂時に改訂することとされ、昭和四八年四月に労働協約においても、業務上の必要により組合員を社外勤務させることがある、社外勤務に関しては別に協定する旨規定されるに至り、本件出向命令当時、右内容の就業規則、労働協約、社外勤務協定(その法的性質は、協定内容、当事者、形式等から、労働協約であると解される。)の各規定が存したこと、社外勤務協定によれば、出向者の処遇等については、被控訴人の従業員と比べて特に不利益を受けないよう配慮されていること、被控訴人においては、昭和四五年ころから、各種業務を分離独立させた会社や関連会社、協力会社等に委託するようになり、以後本件出向命令に至るまで、業務委託に伴う出向及び出向期間の延長の事例が相当数に及んでいたこと、この間労働組合は、該当する職場の労働者の個別の意見に配慮しつつ、出向の必要性、出向後の労働条件等について被控訴人と協議し、労働組合の了解の下に多くの出向が実施された経緯があることなどにかんがみれば、被控訴人は、右各規定を根拠として、本件のような協力会社への業務委託に伴う出向についても、その必要性があり、出向者に労働条件や生活環境の上で格別の不利益がなく、適切な人選が行われるなど合理的な方法で行われる限り、出向者の個別具体的な同意がなくても従業員に対し出向を命じることを法律上正当化する特段の根拠があると認めるのが相当である。

原判決は、業務委託に伴う期間が長期化することが予想される本件出向は、慣行として確立し労働契約の内容となっていた旨判示するが、昭和四四年以降存在している社外勤務協定(<証拠略>)によれば、出向期間は原則として三年以内とする、但し、業務上の必要により延長し、またはこの期間をこえて出向を命じることがある旨定められていて、三年以上の長期にわたる出向や出向期間の延長があることを予定していること、昭和四五年ころ以降多数回にわたり業務委託に伴う出向及び出向期間の延長が行われてきたことなどにかんがみると、右各規定に定められている出向が業務委託に伴う期間が長期化することが予想される出向を予定していなかったとは解し難く、そのような出向も含めて規定されていたと解すべきであるから、労働慣行を持ち出すまでもなく、本件出向命令の根拠が認められるというべきである。

五  同一一九頁二行目の「二度」を「三度」と改める。以上によれば、被控訴人の予備的主張である変更解約告知の理論の適用を検討するまでもなく、本件出向命令は有効である。

六  本件各出向延長措置の効力について

1  証拠(<証拠・人証略>、原審及び当審の控訴人)を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(1) 本件各出向延長措置

被控訴人は、本件各出向延長措置については、いずれも、人員の余力状況、出向先の三島光産からの出向延長要請等を考慮し、控訴人から事情を聞いた上、社外勤務協定四条一項ただし書きの「業務上の必要」があると判断して、控訴人に対し、被控訴人の平成三年五月一五日付、平成六年五月一五日付及び平成九年五月一五日付で、本件出向命令の期間を延長する旨業務命令として通知した。

控訴人は、本件各出向延長措置により、本件出向命令以降現在まで、三島光産に業務委託されている鋼片精整業務に従事してきた。

(2) 被控訴人の経営環境及び経営状況

被控訴人は、原判示の経営環境及び経営状況(原判決七五頁二行目から同八四頁五行目まで)の下、昭和六二年から平成二年まで、総固定費・総資産の削減、要員削減を中心にした中期総合計画を実施した。この間政府による円高不況対策としての公共投資の拡大や公定歩合の引き下げが民間設備投資・住宅投資・個人消費を誘発するなどして好景気(いわゆるバブル景気)をもたらしたが、平成三年にはバブル景気が終わり、民間設備投資や個人消費が低迷し始め、わが国経済は長期低迷の様相を呈するに至った。被控訴人の粗鋼生産量も平成二年度の二八九九万トンをピークに減少傾向をたどり(平成五年度二五一二万トン、平成八年度二五七一万トン)、内部留保(特別積立金+当期未処分利益)も平成三年の二五一五億円をピークに平成五年一〇三七億円、平成八年五七二億円と減少した。被控訴人は平成四年一〇月から平成九年六月まで特定不況業種の指定を受け、雇用調整助成金が給付されるなどした。このような経営環境及び経営事情の中、平成三年四月、それまでの中期総合計画を引き継いで「新中期総合経営計画」(平成三年度から平成五年度まで)を実施した。同計画は製鉄事業の競争力強化(労働生産性の向上を含む。)などを目指したものであり、一層の要員合理化を推進するものであった。(<証拠略>)

経営環境(販売環境)の悪化は平成五年に入り極めて深刻化し、同年は粗鋼生産量が発足以来最低の水準まで落ち込み、昭和六一年以来の赤字に転落した。そこで、平成六年から平成八年にかけての「第三次中期総合計画」を策定し、三年間で最低三〇〇〇億円のコスト削減を目指し、そのうち、労務費及び諸経費で一〇〇〇億円程度のコスト削減を目途とした。

被控訴人は、これらの計画を実施するに当たって、雇用を確保することを大前提に、人員合理化の選択肢として出向の拡大、五五歳以上の者の関連会社への転出(転籍)協力要請、臨時休業の拡大を実施した。(<証拠略>)

平成八年には、それまでのコスト削減の努力などにより八〇〇億円程度の経常利益の確保が見込まれるまで収益が回復したが、特別積立金は過去最低水準に落ち込んでおりストックの回復には手を打てておらず極めて脆弱な状態であり、経営基礎を盤石なものとしていくためには収益力の更なる向上と財務体質改善を図ることが必要であり、その後も第三次中期総合計画の推進によって得られた成果の上に立って、これを強力に押し進めていくことにし、平成九年から平成一一年までの「中期経営方針」を実施した。中期経営方針では、いかなる事業環境の変動にも柔軟かつ迅速に対応できる強靱な経営体質の確立により、収益力の一層の向上と財務体質の改善を図ることを狙いとし、要人員施策については、製鉄事業において、国内外の市場で最強競合社と比肩しうるコスト競争力の達成を目指し、合理化に伴う人員対策については、被控訴人は、今後とも出向措置を基本とし、出向先の開発に努めていくこととした上で、さらに、五五歳以上の者の関連会社への転出(転籍)協力要請、高齢者の長期教育・休業及び代休の取扱の継続、早期退職援助措置の臨時増額を提案し、連合会はこれを了解した。(<証拠略>)

なお、平成元年以降もコスト削減のための業務委託及びそれに伴う出向措置が実施され、平成九年まで合計一二件、合計人員九九六名の業務委託及び出向が行われ(<証拠略>)、被控訴人の技術職在籍出向人員(各年の四月一日現在)は、昭和六三年が三四四五人、平成三年が五八五一人、平成六年が一万〇三六八人、平成八年が八三三八人となっている(<証拠略>)。また、被控訴人の余力人員(毎年四月または三月。( )内は八幡製鉄所)をみると、昭和六三年が八三一名(三一〇名)、平成三年が六四六名(一九〇名)、平成六年が一一四五名(五四一名)、平成八年が一九八名(一七一名)であり(<証拠略>)、控訴人がかっ(ママ)て配置されていた八幡製鉄所ステンレス厚板工場における直営在籍人員数の推移をみると、昭和六三年四月一日の一五八人(内余力人員七三人)から平成三年四月一日の八四人(内余力人員三一人)、平成六年四月一日の七四人(内余力人員一五人)を経て、毎年減少し、平成九年四月一日には六三人(内余力人員五人)となっている(<証拠略>)。

(3) 組合の対応

八幡労組は、平成二年九月三〇日に開催された定例大会の議案書(<証拠略>)において、「出向措置については、・・・年々増加する傾向にありますが、組合は、今後とも従来の経験や技術を活かし安定的に雇用を確保する重要な施策の一つとして位置づけ、案件毎その趣旨や必要性、諸条件などをきめ細かくチェックすると共に、本人の事情を参酌したものになっているか否かを、本人の意思確認を通じて再確認し対応していきます。こうした対応のなかで問題が生じた場合は、個別案件毎に機関で検討することにしますが、その場合、組合員全体の合意と納得を形づくり得る公平感が保たれているかなども含めて、慎重に検討し対処していきます。」との方針を述べ、平成五年一〇月二日開催された定例大会の議案書(<証拠略>)において、平成六年度の運動方針について、「八幡製鉄所の要人員状況は余力基調で推移しており」という認識のもと、「出向措置については、引き続き本人の意思確認を通じて事情参酌状況を再確認することとし、問題が生じた場合にはこれまでの方針に沿って対応していきます。あわせて、出向措置時・延長時においては、本人の理解を深めるための取り組みを行っていきます。」との基本方針を示し、平成八年一〇月五日開催された定例大会の議案書(<証拠略>)においても、出向措置についての方針は同様であった。

本件各出向延長措置に際しては、被控訴人は、労働協約二二条一項九号、二項に基づき、労使委員会において、控訴人の出向期間の延長を説明した。これに対し、八幡労組は、いずれの場合にも、控訴人の意思確認を行い、控訴人が出向からの復帰を希望していることを確認したが、中央委員会において、控訴人はこれまでの経験・技能等を活用して引き続き従前の作業に従事するものであり、出向先における状況変化もないことなどから、会社提案を認めて行かざるを得ない、あるいは、この問題にそれ以上関与しないこととする旨の見解を示し、中央委員会の承認を受けた。

2  本件各出向延長措置の根拠

(1) 本件各出向延長措置は、いずれも当時の社外勤務協定四条一項(「出向期間は原則として三年以内とする。ただし、業務上の必要によりこの期間を延長し、またはこの期間を超えて出向を命ずることがある。」昭和六三年三月二日改訂、同年四月一日施行)に基づいて行われたものである。以下、右業務上の必要が認められるか否かについて検討する。

(2) 「業務上の必要」の意義について

ところで、右社外勤務協定改訂に関する被控訴人と連合会との協議は、昭和六二年一一月から連合会において各単組の意向を集約した上行われ(<証拠略>)、同年一二月二三日、被控訴人と連合会との間で、右「業務上の必要」の解釈について、「新規事業に関わる出向や余力人員の活用策としての出向等を含め、幅広く運用することとする。」との団体交渉・労使委員会議事録の確認がされたこと(<証拠略>)、本件出向は、被控訴人の鋼片精整業務を一括して協力会社(三島光産)へ委託したことに伴い、当該業務に従事していた従業員が余力人員となったことから、雇用を確保するため、鋼片精整業務を担当していた二〇名の中から原判示の基準により控訴人(鋼片精整業務に二一年余従事)を含む一〇名を選抜して委託先に出向させたものであり、余力人員の活用策としての出向であったことにかんがみれば、右「業務上の必要」の考慮要素として、余力人員の活用策としての出向の継続の必要性が重要なものとして含まれるということができる。

(3) 前記認定の本件出向命令後の被控訴人の経営環境、経営状況、被控訴人の要人員状況等にかんがみると、本件各出向延長措置時点において、控訴人の出向を更に延長する業務上の必要性があったと認められる。

なお、控訴人は、控訴人を復帰させて他の者を出向させることが可能なはずであるから、控訴人の出向を延長しなければならない業務上の必要性はなかったと主張するが、使用者はその裁量により人員配置をすることができることにかんがみると、控訴人の出向期間を延長する業務上の必要性があるというためには、他の者をもっては容易に替え難いといった高度の必要性を要求することは相当ではなく、右主張は採用できない。

また、控訴人は、被控訴人が定期採用以外に平成一〇年八月ころ五名の社員募集を行い、うち採用者一名を控訴人の前職場(ステンレス厚板職場)に配置したことから、控訴人を前職場に復帰させることは容易であったと主張するので検討するに、確かに右社員募集、配置の事実が認められるが、控訴人が長年従事してきた鋼片精整業務は業務委託したことにより被控訴人にはなく、右業務を受託した三島光産において控訴人の鋼片精整業務についての経験、技術を必要としていたこと、右募集は二二歳から三二歳までの若年者について行われたものであることなどにかんがみると(<証拠略>、当審控訴人)、控訴人の右主張は採用できない。

3  権利の濫用

そこで、次に、本件各出向延長措置が権利の濫用にあたるかどうか検討するに、被控訴人の出向者は、社外勤務協定により社内勤務者の労働条件とほぼ同様に扱われるよう保障されているが、三島光産では、所定休日日数が被控訴人のそれよりも八日少ないため週平均一時間程労働時間が多くなること、そのため出向手当Bの支給を受けることで不利益が一部填補されているものの、八日分の休日出勤手当額と比較すると、年額約五万円程度の不利益が生じていることが認められ、それ以外には労働条件、生活関係等で特段の不利益を受けていることは認められない。とりわけ、本件出向命令の前と後とで、職務内容、勤務場所、職務環境に特段の変化はない。(<証拠略>、原審及び当審における控訴人)

以上認定の業務上の必要性の程度、数次の延長によって蒙る控訴人の不利益の程度、原判示の人選の合理性などを総合して検討すると、本件各出向延長措置が権利の濫用に当たるとはいえない(ママ)

4  控訴人は、少なくとも復帰を予定しない出向には同意していないのであるから、出向延長の繰り返しにより、実質的には復帰を予定しない出向と化すようなことは、その同意の範囲を越えるものとして無効とされるべきであると主張するが、本件出向は前記のとおり期間の延長があることも予定した社外勤務協定等の各規定を根拠に行われたものであって、控訴人の個別的同意を根拠に行われたものではないから、控訴人の同意の範囲を越えることを理由として本件各出向延長措置の無効をいう右主張は理由がない。

5  また、控訴人は、出向期間の延長は、労働者の復帰の期待ないし権利を事実上喪失させるものであるから、その場合には、通常の出向要件では足りず、出向の延長を不可避とする特段の事情が必要とされなければならず、しかも、延長が繰り返される度にその要件は加重されなければならないところ、本件各出向延長措置においては、そのような特段の事情は存しないから、いずれも無効であると主張する。しかしながら、前記のとおり、出向期間の延長の要件は「業務上の必要」があることで足るのであって、控訴人の右主張は採用できない。労働者の救済は、業務上の必要があるとして延長が繰り返された場合に、業務上の必要性の程度、人選の合理性、延長によって蒙る労働者の不利益の程度などを総合して権利の濫用にわたるときに出向期間の延長措置を無効とすることによって図られるべきである。

6  以上によれば、本件各出向延長措置は有効である。

第四結語

以上によれば、控訴人の従前の請求(第一次的予備的請求)は当審において不適法となったから、原判決を取り消してその訴えを却下し、控訴人が当審で追加した主位的請求は理由がないから棄却し、その余の予備的請求はいずれも不適法であるからそれらの訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一一年一二月一〇日)

(裁判長裁判官 川畑耕平 裁判官 野尻純夫 裁判官 岸和田羊一)

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